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東京地方裁判所 昭和63年(ワ)7505号 判決 1990年1月31日

原告 佐渡むら

右訴訟代理人弁護士 南惟孝

同 茨木茂

被告 牧野恒男

被告 上原憲介

被告 大崎正

被告 家中文雄

被告 本橋猛

右訴訟代理人弁護士 草野多隆

被告 中田勇雄

被告 橋本秀子

右被告二名訴訟代理人弁護士 鈴木一郎

右訴訟復代理人弁護士 高木喜孝

被告 並木利裕

主文

一、被告家中文雄及び被告並木利裕は、原告に対し、各自七〇〇万円及びこれに対する昭和六二年一〇月一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二、原告のその余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、原告と被告家中文雄及び被告並木利裕との間に生じた分は右被告両名の負担とし、原告とその余の被告六名との間に生じた分は原告の負担とする。

四、この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、事実関係

一、事案の概要

本件は、訴外三協商事株式会社が加盟して行っていた日本通商振興協会の開設する私設市場におけるパラジウムの先物取引行為が右私設市場と会員一体となった構造的詐欺行為を行うものであり、右取引を事業目的として設立された三協商事株式会社は犯罪組織として設立され、その事業目的であるパラジウム先物取引自体が、詐欺的商法であり、預託金全額を詐取するに等しい結果を招く仕組み、手口で顧客に甚大な損害を与え、その反面同社に不当な利益を取得させるものであるとして、同社の設立発起人の設立行為、平取締役の任務遂行行為、監査役の任務遂行行為、営業担当社員の取引勧誘行為と顧客委託取引等の実態は、全会社関係者が共謀により一団となって不法行為をしているものとの原告の主張に基づき、三協商事の社員の執拗かつ甘言を弄した詐欺的勧誘によりパラジウム取引をさせられ、老後の生活資金として蓄えていた虎の子の郵便貯金七八〇万円全額を同社営業担当社員に預け、短期間のうちに右預金全額相当額の損害を受けた老女原告(明治四二年八月生まれ)から右会社関係者のうち、設立発起人、監査役、平取締役、営業担当社員を共同不法行為者・被告として民法上の不法行為に基づく損害賠償請求をしたものである。

なお、訴外三協商事株式会社及び同社代表取締役の訴外安藤守男は、別途、別件の裁判上の和解に基づき右両名が原告に支払を約し金員(七八〇万円)の一部弁済(一四〇万円)をしているので、原告は、前記預託金額七八〇万円に本件訴訟の弁護士報酬(一三〇万円)を加算した合計金相当額(九一〇万円)が原告の被った全損害額であるとし、右金額から一四〇万円を控除した残金七七〇万円の内金七〇〇万円の損害賠償請求(一部請求)をしたものである。

二、争点

主たる争点は、被告ら各人につき、職務遂行上または個別の営業上の行為によって被告らに不法行為が成立し不法行為責任があることになるか、その前提とするパラジウム先物取引自体が私設市場における不法取引でそのような取引を事業目的とした訴外三協商事株式会社の設立、存在させた行為そのものも不法行為を構成するといえるか等の点にあった。

三、本件訴訟提起に至った経緯

訴外三協商事株式会社が設立されたのは昭和六〇年一二月一七日であり、倒産したのは昭和六二年一〇月頃であるが、原告(仮処分申請人)代理人弁護士と訴外会社及び同社代表取締役安藤守男との間で、東京地方裁判所昭和六二年(ヨ)第六四四六号騙取金支払いの仮払仮処分申請事件において、昭和六二年一一月一七日、大略左記内容の裁判上の和解が成立している(甲第六号証)。

1  訴外会社は原告に対し、七八〇万円の支払義務あることを確認し、和解成立時一〇〇万円、昭和六二年一二月から昭和六三年一一月まで各月二〇万円宛、昭和六四年一月に残金四四〇万円を支払う。

2  前項の割賦支払金を二回分以上怠ったときは期限の利益を失う。

3  期限の利益を失うことなく昭和六三年一二月までに合計三四〇万円を支払ったときは原告は残金の支払請求権を放棄する。

4  安藤守男は訴外会社の原告に対する債務につき連帯保証する。

右和解成立にもかかわらず、訴外会社及び安藤代表取締役以外の関係者全員に対して本件訴訟を提起したのは、右両者が一四〇万円を支払ったのみでその余の支払を怠ったので、やむなく本件訴訟に踏み切ったものと、原告は説明している。

四、原告主張の各被告の三協商事における、地位、役職、行為は、左記のとおりである。

定款、登記簿上の三協商事設立日、形式的な役職者名については当事者間に争いない。なお、原告主張の被告らの訴外会社における役職等(甲第一四号証、第一五号証の一ないし九参照。)

<記>

① 被告牧野恒男 取締役、②と同じ設立発起人の一人、株主(一株)

② 被告上原憲介 設立発起人、パラジウム先物取引で不法行為を組織的に行う為の組織体として訴外会社を他の同社設立発起人と共謀のうえ同社設立を企画、実行した人物の一人、株主(一株)

③ 被告大崎正 ②と同じ設立発起人、株主(一株)

④ 被告家中文雄 営業係長で、被告並木と共謀して、直接原告を取引勧誘し、郵便貯金を詐取しパラジウム先物取引に全額使い、全額損害を与えた社員

⑤ 被告本橋猛 ②と同じ設立発起人、株主(一株)

⑥ 被告中田勇雄 ②と同じ設立発起人、監査役、株主(一株)、訴外会社代表取締役安藤守男の依頼により設立手続を代理人として行い、詐欺的商法を目的とする訴外会社の存在、営業を幇助してきた人物、株主(一株)

⑦ 被告並木利裕 営業担当社員として、上司の係長の被告家中と共謀して甘言、詐言を弄してパラジウム取引に勧誘し、直接原告の郵便貯金通帳を預かり、全額払戻をうけ、右全額を右取引に費消させ、同額の損害を原告に与えた人物

⑧ 被告橋本秀子 設立発起人、株主(一株)

⑨ 被告以外の会社関係訴外人

イ 木村文昭(訴取下げ前被告)

設立発起人、取締役、株主(一四株)、本件訴訟継続中の終局近い時期に裁判外和解成立により訴え取下げ

ロ 安藤守男 設立発起人、代表取締役、大株主(六〇株)、別件で利害関係人として原告との間に裁判上の和解成立させ、和解金中一部(一四〇万円)弁済したが残金の支払を怠っている。

第二、被告らの本件訴訟における出頭、争訟行為等の状況

一、(答弁)②被告上原憲介、③被告大崎正、⑤本橋猛、⑥被告中田勇、⑦並木利裕、⑧橋本秀子

1. 原告の請求を棄却する。

2. 訴訟費用は原告の負担とする。

二、(認否、主張等)

各被告の訴外会社の設立、倒産、同社における、設立発起人、取締役、社員、前記訴外人らの同社における役職、株主等であることについては、争わないが、各被告の訴外会社の設立の関与、その他不法な業務行為、詐欺行為並びにそれらの不法行為責任、原告の損害発生等については争っている。

なお、右被告らのうち、発起人、株主になった者は、その事実を認めるものの、いずれも、訴外会社の設立発起人・代表取締役・大株主の安藤守男から同社を設立、営業開始にあたって、人数が足りないからと依頼されて、好意で、実質会社の内容、目的を十分に知らされないまま、もとより同社が不法行為を行うことを知っていたり、予見したりして、設立発起人、取締役に就任したものではなく、現実の出資をして株主になったものでもなく、あくまで名目上、発起人、取締役、株式引受人等に自己の名義を貸したもので、会社の業務には一切タッチしていないと主張している。さらに、被告橋本は、被告中田の税理事務所の従業員にすぎず、安藤から依頼され設立発起人になった使用者の被告中田からの依頼により全く知らない訴外会社の設立発起人に自己の名義の使用を認めたまでで、もとより同社の業務内容、目的等を知らず、現実にも同社の営業業務の一切に関与していない旨主張している。

被告中田は、税理士とて、訴外会社の設立事務手続及び監査役への就任を依頼されただけであり、安藤と特別親しいとか、深い利害関係のあるものではなく、名目的監査役で訴外会社の設立、営業開始後初年度一回しか会計決算書類を作成していないし、同社の営業には一切関与せず、また株主名義人にもなってはいるが、安藤に依頼されて、同社設立時の株式引受人となったが、現実の出資はしていないものであると主張している。

三、(口頭弁論期日における不出頭)

①被告牧野恒男、④被告家中文雄

1.(出頭) 適式の公示による呼出を受けたが、本件口頭弁論期日に出頭しない。

2.(答弁等) 答弁、認否その他の主張もしない。

第三、証拠<省略>

理由

第一、事実関係

一、(三協商事設立に至る経緯とその設立手続等)

訴外三協商事株式会社は、訴外安藤守男が中心となり、発起人、大株主、代表取締役となって、昭和六〇年一二月一七日に、資本金四〇〇万円、事業目的を大豆、小豆、ゴム、砂糖、綿糸、生糸、貴金属、地金の売買及び輸出入と売買取引の受託業務販売として、設立、登記された。

安藤(当時三九歳)は、高校卒業後一年間レコード会社の社員、その後喫茶店等その他水商売勤務を経て、三〇歳過ぎから日本通商振興協会の私設市場における貴金属の先物取引を目的とする会社(訴外山映交商及び協和物産)に営業社員として(山映交商)又は常務取締役(協和物産)として所属し、貴金属の先物取引を手掛けるようになった。

安藤が協和物産の常務取締役に就任していたのは、昭和五八年ころから二年間位であったが、その間同社には約三〇人位の役員・社員が稼働していたところ、昭和六〇年ころには同社の経営が行き詰まり、同社の各役員が離散して、別途同種目的の会社を設立して従前同様の私設市場で、貴金属先物取引を行うこととなり、同社の鈴木英郎社長は訴外交亜貿易なる会社を設立しその実質上のオーナーとなり、形式上の代表取締役には被告牧野を就任させた。畑田充夫専務取締役も別会社を設立し、同社の常務取締役の安藤は三協商事を設立し、いずれも協和物産と同様に、日本通商振興協会の私設市場における同種貴金属の先物取引を行うようになった。

同振興会の取引対象物は市場開設当初は金であったが、次に銀となり、最後にはパラジウムへと変遷していったが、安藤が三協商事を設立した昭和六〇年当時の同振興会の取引対象物は、右パラジウムになっており、当然三協商事も法規制のないパラジウムの先物取引とその受託業務を行うことで設立された。

二、(三協商事の設立関係者と役員等)

安藤は、三協商事設立の際、被告牧野、被告上原、被告大崎、被告本橋、被告中田及び訴外木村文昭(訴え取下げ前被告、以下同様)らに名目上設立発起人に名を連ねることを、更に被告牧野と訴外木村には取締役に、被告中田には監査役に、それぞれ各人の名を連ねることを依頼し、右被告及び訴外人らはこれを承諾した。

なお、被告橋本、昭和六〇年当時被告中田の税理事務所の従業員であったが、被告中田が安藤から委任されて三協商事の設立登記手続の一切を行い、株式申込手続代理人ともなったところ、安藤が用意した株式引受名義人の人数が不足であったため、手続上の発起人数を満たすためだけの趣旨で、安藤が被告中田を通じて依頼したので、急遽同社の株式(一株、五万円)引受人に名義を貸すこととなったが、現実の株式申込証拠金その他何らの名目によっても金員の支出をしたことは全くなく、まして、同社の経営、業務等に関与したことがなかった。

被告牧野は、娯楽遊戯仲間として安藤の水商売時代からの長年の友人であったが、協和物産の鈴木社長がオーナーになり設立した前記交亜貿易の形式上の代表取締役に就任していた者であったところ、友人の安藤に依頼されて、三協商事の設立発起人・株式引受人と取締役にその名を使用することを承諾した者であるが、右株式申込金を支払わず、かつ同社から役員報酬を受けたこともなかったが、従前交亜貿易設立にあたり代表取締役人に名義貸をしている経緯やときどき三協商事に顔を出していた者であったことからすると、三協商事の業務も協和物産と同種のパラジウムの先物取引を目的とする会社であろうとは察知しえたはずの者ではあった。

被告大崎、被告本橋及び被告上原は、いずれも安藤が従前水商売に従事していたころの同僚で、昭和六〇年当時他の職業に就いていた者であったが、安藤からの依頼により、いずれも三協商事の設立発起人及び株式(各人一株)引受人にその名義を使用することを承諾したが現実の出資は一切しておらず、同社設立後は役員にも社員にも一切ならず、その営業に一切関与していない者であった。

最後に、被告中田は、安藤が協和物産勤務時代同社の税務顧問をしていた税理士として知っていたため、三協商事の設立登記手続事務を依頼したところ、発起人の人数等が不足していることが判明したので、同被告の税務事務所の女性従業員の被告橋本の名義を同被告の承諾のもとに右手続に使用することを同意し、右登記事務を一切行い、同社設立後は安藤の依頼により同社監査役に就任したが、安藤からは協和物産同様の事業目的で、貴金属中でもパラジウム等先物取引をも目的とする会社であると告げられたものの、それ以上詳細な事柄を知らされてはいず、三協商事から一か月に一回、同税理事務所に持参される帳簿類を昭和六〇年一二月以降月額三万ないし五万円程度の報酬を受けて見るほか、年一回、昭和六一年一一月の決算時に同社の貸借対照表と損益計算書を作成したが、翌六二年一一月の決算期前に倒産したため同年度の計算書等の作成をしなかった。

(なお、訴外木村は、安藤が協和物産の常務取締役時代に同社で営業係長として稼働していた者で安藤に誘われて協和商事の設立当初から発起人に名を連ねたが、株式(一四株)引受人として、現実に金銭上の出資等を一切してはいなかった者ではあるが、設立当初から倒産に至るまで、取締役に就任し、実質上も同社の営業部長として月額三〇万円の給料の支給を受け、安藤を助けて三協商事の業務遂行を行い、営業の第一線で、同社のパラジウムの市場における売、買、顧客勧誘とその取引受託業務に従事していた者で、会社設立から倒産まで安藤と運命を共にした者であったが、本件訴訟継続中の同被告尋問の終了後原告と裁判外で和解が成立したことにより、原告から同被告に対する訴えが取り下げられたことは当裁判所に顕著である。)

三、(三協商事の実働役員、社員の構成、人員等)

協和商事設立当初の実働役員及び社員は、代表取締役の安藤、協和物産当時営業係長社員であった訴外木村(取締役、営業部部長)の外には、男性社員三名(営業課長萩野、営業係長柳田、営業社員有馬)と女性事務員二名の計七名であったが、翌六二年七月ころになって、前記協和物産の畑田専務が設立した別会社の社員であった被告家中及び被告並木の二名が、安藤の承諾をえて、三協商事の営業活動に途中参加するに至り、従前から同種営業活動場所としていた別事務所において、被告家中は三協商事の営業係長の肩書の名刺を使用して、被告並木は三協商事営業社員との肩書の名刺を使用して、いずれも三協商事を電話連絡先として、同社の業務を行うようになった。そして三協商事としても、右参加者二名の取引歩合給による顧客勧誘、取引斡旋活動で獲得した顧客のパラジウム取引に関する申込保証金の受託、取引代金の預かり、手数料の受領等の金員は同社に入金し、その取引損益等も同社の営業損益に計上するようになった。しかし、安藤、木村以外の三協商事の役員、社員らは別事務所にいて、三協商事の事務所(台東区東上野所在)には顔を出さなかったし、安藤も他の役員、社員に告げなかったから安藤以外の役員、社員は被告家中及び被告並木両名の途中参加と原告を含む右両名の顧客に対する取引勧誘等の営業活動状況については殆ど関知していなかった。

四、(三協商事の経営状況と倒産等)

ところが、三協商事は同社設立当初の昭和六〇年一二月から同社倒産の昭和六二年一〇月ころまでの間の営業状況は一貫して芳しくなく、概して赤字の累積経営で、昭和六二年一〇月には倒産するに至った。右設立当時から三協商事は安藤の方針で、固有の顧客として男性しか取扱わないようにしていたが、途中参加の家中及び並木の固定客中には原告を含む女性客もいた。右両被告は一人暮らしの原告宅を訪問して、原告に対して、使途をパラジウム取引であることを詳しく説明をせず、原告の所持する郵便貯金では大きい利殖はできない、その金で利殖、投機等して、絶対に損をさせずに増やしてあげる、必ず儲かる、などと甘言を弄し、一人暮らしの老齢の原告に執拗に勧誘をし、原告名義の貯金通帳を預かることに成功したうえ、被告並木が原告の代理で昭和六二年八月中に右貯金を解約し、右貯金を二回に亘り全額七八〇万円を引き出して、原告には金額が四八〇万円と三〇〇万円の「予約金証書」二枚を渡し、十分な説明を受けず、パラジウム取引に無知で、かつ十分な理解をしていない原告をして、被告並木、被告家中の巧妙な手法で、右両被告を信じた原告をして三協商事受託にかかるパラジウム取引に入らせた。そして右払戻金は被告並木、家中らによって、総て三協商事の受託パラジウム取引に使用され、原告名義の保証金等も同社に入金されたものの、右被告並木、家中の担当による原告名義のパラジウム取引受託は同年八、九月の短期間の内に総て原告の損に帰し、預託にかかる保証返還金額の清算・返却分もできずじまいとなり、直接の担当社員の被告並木及び被告家中は、いずれも昭和六二年九月の取引後は、安藤や三協商事の事務所に連絡してこなくなり、同社を事実上退いてしまった。

五、(三協商事の行うパラジウムの売買、取引受託業務の仕組み、方法、態様等)

ところで貴金属のうちでもパラジウムの先物取引には、許認可を必要とする公設の商品取引所や商品取引員の行うような公設の市場は開かれてはいないものの、貴金属の一種として私設市場としてニューヨークの取引相場値段は新聞紙上に掲載されていたし、日本でも昭和五八年ころ設立の株式会社日本通商振興協会外一社が中央の市場を開設しだしたところ、前記山映交商、交亜貿易、三協商事のみならず合計十数社程度の会社が同振興協会の会員となって、一週一回、全会員によって同市場におけるパラジウムの売・買が行われ、当時法的に禁じられた先物取引ではなかったが、その実際の取引方法等が不明瞭、不公平で、取引担当者の手法によっては、会員会社に有利、顧客に不利な場合が生じうることがあり、先物取引の中でも安定度は低いものであった。三協商事のパラジウム先物取引も右日本通商振興協会の開設する市場で取引市場が小さいこともあって、日本の私設市場では値段決めのできない日があったことや、顧客、取り扱い業者の損を増やさないためもあって、当日の値段決め前における顧客のためのパラジウムの売、買の取引若しくはこれに対応する向い玉のやり方で、買と売とを同数としその一方を自社の買、売の取引をなしたり、さらには売と買同数の注文を出す方法(いわゆる「バイカイ付け出し」)を行ったり、値段決め後も向い玉による自己取引を行ったりなどしていたが、これにより顧客から受託した金員等を使用して顧客の売り買いに対応した三協商事自らの買、売の両玉を立てて、三協商事の損の出ない方法で取引を行っていたが、このような両立ても法的には公設市場の先物取引の対象物でも著しく顧客に損を与える結果をもたらす不当なものでない限り禁じられてはいなかったし、安藤ら経験者はこの方法が値段決めかつ大きな損をしないやり方として従前習い覚えたとおり漫然踏襲していた。昭和六一年の三協商事設立、存続当時、パラジウムについては法的規制がされていなかったこと、安藤や木村は、概して右のような方法で三〇名位の顧客から預かった保証金〔(二年間で総額一億円弱の金員(最低額一人二〇万円から最高額一〇〇万円までの金額)〕等で自社名義で委託にかかる顧客のパラジウム売・買の数量に対応しての反対の買・売同数の取引をもしたが、同一市場で行う他の十数社の会員会社の取引による影響をも受けるため、パラジウムの値段決め前に若しくは決定後の取引によっても、中央市場で三協商事だけが損をしない取引をすることはできず、三協商事が市場開設者の通商振興会へ支払うべき会費、売買手数料、貯蔵品代、場立嘱託費、新聞分担金等名目の金額総計は、二年間弱で一〇〇〇万円程度は必要であったし、営業の男子社員の歩合給料、女性事務員の給料、事務所の家賃等一切の経費の支出等を合わせると、金員の総計は約一〇〇〇万円弱の経費を日本通商振興協会にもしたが、漸次赤字が累積しだし、結局三協商事は、その得る利益より受けた損並びに必要経費の方が多大となり、昭和六二年八月以降は経営不振が顕著となり、同年九月ころまでは売買取引されたが、一〇月中旬ころまでで取引をストップし、同月中には倒産に至った。

六、(原告顧客に対する担当営業社員のパラジウム取引委託勧誘と取引の実行とその結果等)

被告家中と被告並木は、直接原告を訪問してパラジウム取引の勧誘を行い、被告並木が原告から原告名義の郵便貯金通帳を預かり、原告の同意のもとに原告を代理して、貯金を解約してその払戻しを受け、右金員をもって原告のためにパラジウム取引の受託業務を行った。右貯金の払戻金は被告並木及び家中が原告からパラジウム取引の予約保証金名目で預かり、原告名義でなすパラジウムの売買代金にあて、費消した。原告が実際に被告並木らを通じて、三協商事に入金し、右取引に関して費消された金額は、予約金名目で三協商事が預かった昭和六二年八月一〇日の四八〇万円、同年同月一二日の三〇〇万円の合計七八〇万円となり、この金額はその後八、九月中にはパラジウム取引の預託金取引代金に総て使用されてしまった。

右被告並木及び家中が三協商事の営業社員の肩書を使用して同社の営業にあたらせることについては実質上のオーナーかつ代表取締役の安藤が決定したことで同社の役員会等に図ったり各役員に個別に相談することはなかったが、右両名共昭和六二年七、八月ころ以降は三協商事の歩合支給の社員扱いにされ、被告家中及び並木担当の顧客から電話で三協商事へ取引委託があったときは、安藤か、木村がこれを受け、顧客からの入金も同社の経理に入れていた。しかし右事実は、安藤、木村以外の役員及び社員には知らせてはいなかったし、取締役会を一度も招集せず、常勤の安藤、木村以外の普段出社することもなかった他の役員には全く知りえなかったことであったし、また三協商事の事務所(台東区上野所在)に常勤している社員にしても別事務所にいて日常顔を合わせることもなかった途中参加の被告並木及び被告家中の営業態度、パラジウム取引の手法、顧客の勧誘の手口、担当顧客の状況等を知らなかった。

以上の事実のうち、三協商事の設立、被告各人の同社の設立発起人、取締役、監査役に就任したこと(但し名目上のみか、実質上もかの点は除く。)は当事者間に争いがなく、その余の事実は<証拠>により認められ、他に右認定を覆すに十分な証拠はない。

第二、(被告らの損害賠償責任)

一、原告は、被告のうちの三協商事の設立発起人となった者(被告牧野、被告上原、被告本橋、被告橋本、被告大崎、被告中田)につき、原告の本件取引による被害と関連して、設立に関与した被告らに右設立行為に関し不法行為があった旨主張し、これら被告に対して民法七〇九条、七一九条に基づく損害賠償を求め、右発起人被告らの損害賠償責任の根拠を三協商事自体が詐欺的営業をなす犯罪集団そのものであるから、同社の設立に加担した者全員が民法上の共同不法行為責任を負うものと法的構成をしているようである(もとより株式会社の設立発起人は設立中の会社の機関として、善良な管理者の注意をもって会社設立に関する任務を行うべきであり、その任務を怠ったときは、その発起人は設立後の当該会社に対して、連帯して損害賠償責任を負うことはいうまでもないが(商法一九三条一項)、会社以外の第三者に対しては、特に発起人に悪意または重過失があったときに限り、その発起人は第三者に対しても連帯して損害賠償責任を負うものとされ(商法一九三条二項)、この発起人の第三者に対する責任は特別の法定責任であると解され、民法所定の不法行為に基づく損害賠償責任とは異なる責任と解するのが相当である。そして、原告の主張する発起人被告らに対する責任は右商法上の特別責任を問うものでなく、前記の意味での法的構成による民法上の責任を追及するもののように理解される。

そうすると、会社設立行為に関する発起人の責任は、設立行為自体が不法行為を構成するか、少なくともその設立対象の会社の存在そのものが第三者に対する関係で犯罪集団その他公序良俗に反する不法な存在と目され、ひるがえってそのような不法な組織団体の存在を目的としてなされた会社設立行為も不法と評価されるような特段の事情のある場合しか考え難い。それ以外の場合は、通常前記商法上の特別責任を問えば足るはずである(但し、第三者の受けた損害と上記設立関与者の前記任務違反との因果関係、前記責任要件としての悪意・重過失をも必要とすることはいうまでもない。)。

二、そこで、以下において、前示事実関係のもとで、原告の主張する意味で発起人被告らの不法行為の成否につき判断する。

三協商事の設立については、安藤が前記友人、知人の名義を借りて形式を整え、自己の現実の出資だけで三協商事を設立し、その設立登記手続等を被告中田に委任したものであるところ、少なくとも安藤及び訴外木村以外の設立関係者は三協商事設立の詳しい動機、事業目的、業務内容等を知らされていなかったし、三協商事は貴金属若しくはそのうちのパラジウムを取引対象物とする先物取引を目的とする株式会社であるとは知っていたものの、右会社自体が詐欺等の犯罪行為を行う目的のための不法集団の存在であるとも、詐欺的事業遂行目的をもった組織団体として外形上株式会社の形態をとるものでしかないといった事情を認識していたとか、察知できたはずとまでは到底認め難いのである。

また、三協商事設立からその存続していた当時、パラジウムを取引対象物として私設市場において取引を行うこと自体は商品取引法その他関係法律で禁じられてはいなかったのであるから、私設市場においてパラジウム取引を事業目的とする株式会社として設立されたことだけでは直ちに不法目的でされた設立であるとか、右事業目的に沿った業務を行う三協商事なる株式会社の存立自体が公序良俗に反し不法なものであると評価され、結局右会社設立行為自体が不法行為を構成するとは到底認められない。

しかも三協商事は、赤字経営であったにせよ、設立後二年弱はその事業目的に沿った前記日本通商振興会の開設する市場において、他の加盟業者十数社とともに営業を続けた株式会社でもあり、これらの事実によれば発起人被告らによる三協商事設立行為そのものが民法上の不法行為を構成するに足りる特段の事情があるとまではいえない。せいぜい発起人被告らは、場合によっては、前記商法上の特別責任を第三者に対して損害賠償責任を負うことがあるにとどまる(但し、その場合も前記商法所定の要件充足を必要とすることはいうまでもない。)。

ところで、安藤が被告中田に委任して三協商事の設立登記手続をした経緯は前示のとおりであるところ、右設立手続をなすにつき安藤の委任を受けた被告中田にしても、単に同被告が協和物産の税務顧問をしていたことから安藤に知られていたため、安藤から、設立登記手続一切を依頼され、安藤に必要書類を整えさせて登記手続をした者であって、発起人の人員具備のため、安藤から頼まれて自らの名義及び同被告の税理事務所の従業員の被告橋本の名義をも被告橋本の同意のもとに使用させ、設立登記とこれに必要な事務を遂行したことはあったが、定款、登記簿に表記された事項以上に三協商事の設立の動機、目的等の詳細を聞き知っていたものではなく、形式的な書類の具備やその他設立登記のための事務的な行為以外は行っていない者である。

また、従前交亜貿易の名目上ながら代表取締役に就任していたことのある被告牧野にしても、安藤から依頼され、設立する会社が貴金属販売の売買、先物取引を目的とするものとの説明を受けただけであったものの、従前の関係からして多分協和物産と同じパラジウムの先物取引を事業目的とする会社を設立するであろうことは察知していたものと推察されうるが、同被告にとって、協和物産にしても三協商事にしても、それらの事業内容や営業活動の実情の他詳細を知らされず、またその関心も全くないまま、実質的オーナーに依頼されて設立発起人・株式引受人に名義貸をしたにすぎない者であって、事情を十分に知らないで安易に名義を貸与した点では軽率であったとのそしりを免れないとしても、実際の設立行為自体には一切関与していない者である。

その他三協商事の設立発起人に名を連ねている右被告牧野、被告中田両名以外の発起人被告らは、右両被告よりさらに三協商事設立の事情を知らされず、かつ無関知のまま、安藤から依頼され好意により形式的な名義貸だけをした者にすぎず、それ以外に実質上の設立行為には一切関与していない者であって、これら発起人被告に原告主張のごとき民法上の不法行為が成立するとは到底認められず、その他前記商法上の損害賠償責任を認めるに足る任務違反行為があるとも認め難い(少なくとも右被告らは前記被告牧野、被告中田以上に三協商事の設立関与行為につき非難されることはないであろうといえる。)。

更にいえば、三協商事は設立後約二年間弱存続し営業を続けた会社で、一応設立当初より顧客からの委託により日本通商振興会の開設する市場においてパラジウム取引を継続してその目的業務を行っていた時期が相当期間あったのであるから、その右営業中の昭和六二年七、八月にパラジウム取引委託をしたことによって原告の被ったとする損害と昭和六〇年一二月の同設立関係人による会社設立行為との間に相当因果関係があるとも断じえない。

その他本件全証拠によっても発起人被告らには、民法上の不法行為責任(その他商法上の特別責任をも)を根拠づける非違行為を認めるに足る証拠はない。

三、次に原告は、三協商事設立後就任した安藤(代表取締役)と木村(取締役・営業部長)以外の取締役被告牧野に対する損害賠償責任をも追及するが、その法的根拠を、詐欺的犯罪行為を行う三協商事取締役の事業執行自体が民法上の共同不法行為を構成するものと主張しているもののように理解される。

しかし、こと、株式会社の平取締役の責任は、自身で行う業務遂行行為そのものが第三者に対する詐欺行為といった犯罪行為となり民法上の不法行為を構成するといったような特段の事情のない限り、執行機関に対する業務執行についての監視義務違反を問題としての、商法二六六条ノ三の規定に基づき特別の法定責任を負う(但し、同条所定の要件に具備した場合に限ることはいうまでもない。)にとどまるはずであるところ、被告牧野は前示の経緯で、安藤に依頼されて取締役に名義を貸したものの、現実には取締役の任務を遂行することは全くなく、報酬も一切受けず、会社にも殆んど出社せず、取締役会の招集を受けたことは一度もなかったのであるから、漠然と、三協商事も協和物産の場合と同じようなパラジウムの先物取引を目的とするであろうことは察しがついていたであろうが、その余の三協商事の会社の業務内容の詳細を知らないまま、友人の安藤の依頼に応じて、漫然と協和物産同様の目的の株式会社との認識だけで、取締役に名義を貸したことは軽率であったが、いまだ、同被告には原告主張のような不法行為があったとも、商法二六六条ノ三所定の故意、重大な過失、原告の損害と取締役としての任務の怠慢との間に相当因果関係があるとも断じ難いことは、前示一と同様にいえる。

四、さらに原告は、監査役でもある被告中田に対する損害賠償責任をも追及し、その法的根拠も民法上の不法行為に基づくものと構成するが、本件における原告の取引は、被告並木、家中両名が、安藤の了解のもとに三協商事に途中参加し同社の営業社員としての肩書を使用して営業活動を開始したが右参加の直前ないし直後に、右両名の直接担当で交渉取引が行われたが、右取引は、昭和六二年八、九月に集中しているところ、被告中田が監査役としての同年度の会計監査を行わないうちに同社倒産に至ったことは前示のとおりである。

ところで、資本金一億円以下の株式会社における監査役の職務権限は、株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律により、取締役の職務全般の監査に及ばず、会計の監査に限られているところ、三協商事も資本金一億円以下(資本金四〇〇万円)の株式会社であることは前示のとおりであるから、監査役の被告中田は、三協商事設立後一年に一回、一一月に同社の会計の監査を行えば足るところ、前記原告の取引は昭和六二年度の右監査時以前に行われ、同年度の会計監査時期に至らない一一月に、同社倒産となったものであって、後示のように被告並木及び被告家中の原告に対するパラジウム取引業務委託の勧誘が詐欺行為で不法行為を構成するものであっても、こと監査役としての被告中田の職務違反を問うことはできず、前記商法上の監査役の損害賠償責任を認められず、まして右監査行為につき民法上の不法行為を構成すると推認しうる証拠は皆無である。その他被告中田は、三協商事の存続中同社の営業にかかる事項には一切関与していないのであるから、会社業務に関しても原告の主張するような民法上の不法行為を構成するような行為をしたものと認めるに足る証拠はない。

五、最後に、昭和六二年八、九月ころに三協商事に参加し、同社社員となった被告並木及び被告家中の所為についてみる。

右両被告の所為らは、原告と直接面談して、パラジウムの先物取引業務委託を勧誘し、強引かつ執拗に甘言を弄した手法で、必ず儲かる(少なくとも郵便貯金による利殖以上の利益が受けられる。)との詐欺的言辞と積極的な預金通帳預かりと解約行為は、いかに原告の同意を得たとはいえ、一人暮らしの老人の原告のパラジウム取引に対する認識、理解の薄弱さとも相俟って、原告を信じさせるに十分な言動であったといえるのであり、これに加えて、両被告が原告の勧誘、取引をした当時(昭和六二年八、九月ころ)の三協商事の行う私設市場でのパラジウム取引方法とその損益の状況、赤字累積の状況等に鑑みれば、短期間の多額取引により顧客に損をさせても利益を齎すことは困難な状況にあったことを予見できた時期であり、右事実を予見可能でありながら敢えて前示の言辞、行動にでて、結局両被告を信じた原告をして、少なくともその預けた金額相当の損害を与えたものと推認できるから、右両被告の一連の行為は、その対象、方法、態様、程度等に照らし、民法上の共同不法行為を構成するものと認められ、これに反する証拠はない。

六、以上によれば、被告並木及び被告家中は、民法七一九条、七〇九条の規定に則り原告の被った損害を賠償する義務があることになるが、その余の設立発起人、取締役、監査役としての被告らは民法上の不法行為責任があるものとは認められず、またその他商法上の損害賠償責任をも認めることもできないのである。

第三、(原告に生じた損害額)

被告並木及び被告家中の共同不法行為によって原告の被った損害についてみると、原告が右両被告の偽言を信じて自己名義の貯金通帳を被告並木に預け、解約に同意し、右被告並木が原告を代理して払戻を受けた合計七八〇万円を右両被告が三協商事のパラジウム先物取引に総て使用し、短期間の内に全額損をさせてしまったことは、前示のとおりであるから、少なくとも被告両名が原告から預かった七八〇万円全額(郵便貯金ではその預入元金額は必ず確保されるはず)が、右被告両名の前示不法行為によって原告に生じた損害と認めることができる。

そして、また、右損害賠償請求権の行使のために右被告両名に対して本件訴訟の提起、訴訟遂行事務を原告代理人弁護士らに委任したことによる同代理人らに支払うべき相当報酬額も同様に右被告両名の不法行為によって原告の被った損害中に当然含まれるものということができるところ、右金額は、本件事案の難易、訴訟事務の複雑の度合等の諸般の事情を勘案すると、前記損害額七八〇万円の一割にあたる七八万円をもって相当と認められる。そうすると、被告並木及び被告家中両名の共同不法行為によって原告に生じた損害額は八五八万円ということになり、これを覆すに足る証拠はない。

ところで、原告が債権者、三協商事を債務者とするパラジウム先物取引に関する損害賠償請求権を被保全権利として申請された仮処分事件(東京地方裁判所昭和六二年(ヨ)第六四四六号事件)において、債権者原告、債務者三協商事、利害関係人安藤間で、裁判上の和解が成立し、右債務者三協商事は、原告に対し、和解金七八〇万円を支払う約束をなし、利害関係人安藤は原告に対し、右債務者三協商事の和解金支払債務の連帯保証を約したことが認められ(甲第六号証)、右和解金のうち合計一四〇万円の弁済がされたが残額についての弁済がされない状態である(証人安藤守男の証言)から、右弁済金額を前記八五八万円から控除すると残金は七一八万円となる。

以上によれば、原告主張の原告に生じた損害額のうちこの限度で肯認できるが、この金額を超える損害の発生を認めることはできない。

第四、(結語)

以上の次第であるから、原告の請求(但し、損害金七〇〇万円の請求は、損害金残金の一部請求)中、被告並木及び被告家中に対して、各自七〇〇万円及びこれに対する不法行為の後の日である昭和六二年一〇月一日から支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金を求める限度で理由があるから認容し、右両被告に対するその余の請求並びにその余の被告らに対する請求は総て理由がないから、いずれも棄却すべきことになる。

よって、訴訟費用について民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行宣言について同法第一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 伊藤瑩子)

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